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chomoku

"大衆演劇が在る状態"が好きなので

2016年の大衆演劇へ 感謝観劇 心に刻まれた舞台の数々より 〜 お芝居3つ

大衆演劇 新川劇団 浪花劇団 本家真芸座 観劇記録

 数えると200はとうに超えてました、2016年のお芝居。見せていただいた劇団さんは50超え、通算したら(ひええ)。選べるわけなどないのですが、振り返って、どうしょうもなく心に刺さってるなあと感じたお芝居の3つについて記します。

共通しているのは「この場ならではの味わいが伴っていたこと」と、言えるかな、、、

 

「刺青奇偶」新川劇団@梅南座 2016. 9.28 お昼1回公演

 次元が違う

こういう言い方は控えるべきと思うのですが、他の言葉が浮かばず。。。
幕が開いてから降りるまで、お芝居を貫く刹那的なムードも、たまらんかった。
思い出すだけで胸の奥が軋む。現世のどこにも存在しない、劇中世界へ連れて行ってもらえた、1時間と40分。
南座でかけられたというのも大きな要素と思います。 

ブログ記事にしていますので、どうか読んでやってください。

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半太郎役 新川笑也座長

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お仲役 新川博也座長 

 

chomoku.hatenablog.com

 

 

 

「河内十人斬り」浪花劇団@堺東羅い舞座 2016.8.24〜26

 なんと3日連続!で、かけられたお芝居。何考えとんねん〜って(←いい意味で)かける方もかける方、そして全日見に行く方もどうかしてますね、、、あ、わたしです、、ええ、万難排して馳せ参じました。

演じるにおそらく最もふさわしい場所で

大阪は堺にある劇場で、その地に馴染みある劇団が演じる。河内音頭のオンシーズン。シチュエーションも大事やと思います。客席で高齢の女性が「こんな事件があったんやて、知らんかったわ」「親戚が住んどるところや」と話すのが聞こえました。河内十人斬りの事件のことを書いたプリントを持っている方も。

口上挨拶でお芝居について語られる際にも、舞台の上でも下でもローカルネタという感じです。ちなみに「河内十人斬り」を描いた小説「告白」の著者町田康さんは堺出身のパンクロッカーなんですよ〜と、わたしも自ネタを披露してました。

代々、演じ続けてこられたそうです。今回「おやな」役(弥五郎の妹)に、子役・ベビーここさんが初挑戦と。無事、堂々演じられてました。終演後、そのことを説明なさろうとして、涙が止まらなくなってしまった座長。 

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に、思わずもらい泣き。

3日目。山狩の金剛山山中。サプライズゲストの浪花三ノ介さんが炭焼きの「愛媛県」に扮し、「お前のお母ちゃんも演っていたんだぞ」と、同じく初挑戦「飴虎」役のタイガー一心さんに言われました。

お芝居というセッション 

このあたり、物語の筋とは関係ないことかもですが、とてもとても大事なことで。劇団にとって、これは特別なお外題で、演者の間で共有しているものがありそうで。

ミュージシャンで言うたら、セッション? 例えばこんなイメージーー

久しぶり、大きくなったな。

何の曲、やろうか。〇〇の〇番?

交わすセリフは、楽器で言うたら音合わせのようなもの。

いつまでもこうしてお前たちと"音"を合わせ奏でていたいーー

以前のわたしなら、余計なことを言って物語を止めないで、と思ったと思います。ビシッと演ってほしいと。でもそれは、ちょっと違うな、、と、、、

大衆演劇のお芝居。代々受け継がれ、演っていく。そこに大義や意味を求めるのは、てめえ勝手のことだ。いや、もちろん、それも道理なのだけど、でも、単日のお芝居の「出来」ではなく、大きな流れで見たら、違った景色が見えてくるのではないだろうか。

また、兼ねてからどう解釈してよいか考えていたこの「問題作」を捉えるのに、道徳めいた話や有り体の芝居論の追求は一旦不要に。そんな風に思えるようになった、きっかけを与えてくれたお芝居でした。

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ベビーここさん 10歳 ひたむきさとよく通る声が胸に響きます
(同日送り出しで 写真がぶれてしまった..)

劇団の1本

ともあれ、劇団の「1本」。超力作。有無を言わさぬ。見応え十分。

弥五郎役に新之介座長、熊太郎役に蛇々丸さん。劇団HIRYUから近江春之助座長と近江大輔さんが、3日間ゲストで、松永家の身内役で出演。迫力、迫力、ど迫力。ガチの河内言葉が飛び交う。

押入りの残酷なシーンは「型」で。熊太郎の内縁の妻「おぬい」役・浪花しめじさんと、その母親「おかく」役・大川龍子さんが、身体を張った演技で「最期の絵」を、魅せてゆかれます。浪花劇団のこのような迫力と緩急ある演出が、とても好きです。

3日目はさすがに疲れが見えたような? でも、それすらも、お芝居の熊太郎と弥五郎の疲労困憊と相まってで、現実とお芝居の揺らぎとして受け止められる。そんな気がしました。

お芝居は、音楽だ。ただ鳴らすだけでも、意味があるーー

金剛山中のように奥深いです。

 

 

「沓掛時次郎」本家真芸座@明石ほんまち三白館 夜の部

「劇団の1本」の1つ、でしょうか(変な言い方ですね) 明石ほんまち三白館でお外題が発表になった時、是が非でも行かねば!と思いました。

あの劇場のどーんと長い花道を行く、ザ・股旅姿の"梅さま"の、伝家の宝刀ジグザグ歩きが、観たいじゃあありませんか。

1幕4景。

「あっしならここにおりますぜ」

「最後にお前さんのような立派な渡世人に会えてよかった・・・」

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筋とは直接関係ないけれど好きなシーン

見せ場がたくさん。

2景の、旅の流しの芸人に身を隠している時次郎とお絹親子が寒い街を歩くシーンがとても好きです。これより前の場所で見た時、時間の関係か、省略されていたのですが、ここがないと寂しい。物語の大筋にはあまり関係がないかもですが、こういうシーンが入ることで、ぐっと深まるんですよね。

格好よさとは

純情すぎる時次郎の、お絹への恋心。

「遅かった・・・お絹さん・・・」

大詰め。太郎坊役の子役・矢島扇華さんが踏ん張ります。

「もう、人殺しはやめてくんろーっ!」

強くて格好いい時次郎、だけど、その中身はとことん苦労人。太郎坊の哀願に、怒りを抑えて、丸腰で、地べたに這いつくばるように、命乞いをする。

「こどもの、、、面倒を見なけりゃならなえので、命までは、差し上げられません。片腕片足で、勘弁しておくんなせえ」

さっきまで大きく見えていた時次郎演じる梅之助総座長が、地べた(板)に同化するほど、低く、頭をこすりつけるように。

腕自慢としては、惨めかもしれない。でも、生きることへの執着をむき出しに、なりふり構わずのこの姿以上に、かっこいいものはないと思い、涙が止まらないのでした。

前場所で怪我をされていた矢島ひろみさんがお絹さん役で復帰。気迫がこもって、美しかったです。 

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ヒロインが光るほど「純愛」の切なさが増しますよね

明石ほんまち三白館は、こけら落としから1年という新しい劇場ですが、すでにお芝居小屋のムードが醸し出されていて、遠方のわたしもすっかり馴染んでいます。新しいのに、空間設計が今風ではないからかな。舞台も広くて立派な板。とりわけ、あの長ーい花道は、見るたびにワクワク。股旅芝居ならここで!と、声を大にして言いたいところです。 

 

長くなってしまいました、またまた一旦、続きますーー

 

 

 

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