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chomoku

"大衆演劇が在る状態"が好きなので

2016年11月7日夜の部 本家真芸座@庄内天満座 お芝居「十六夜鴉」前編

夜の部、駆け込み ミニショー終わりかけに着席

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ミニショー 舞踊の歌の1番が終わってから 客席を見渡し 丁寧にお辞儀をされる片岡梅之助総座長 いつも決まってなさる この瞬間が 舞台への儀礼のようでとても好きです


お芝居は「十六夜鴉」

今回は座長に許可をいただきまして、お芝居についてネタバレありありで最後まで!ネチネチ!細かく!(笑)書かせてもらいます。夢のようだわうれし〜(芝居中毒末期ですな..)

 

あらすじと配役

生き別れた親子の情を描いた時代人情劇。1幕1景、1時間5分。
(以下、聞き取りメモより。名前の漢字は当て字です)

(配役)

  • 友蔵 片岡大五郎座長
  • 料亭深川女将(友蔵の母) 矢島京子さん
  • 料亭深川の娘おみよ(友蔵の義妹)片岡小梅さん
  • 横車の親分 片岡梅之助総座長
  • 横車一家の身内 真城匠さん
  • 横車一家の身内 片岡桔梗さん
  • 横車一家の身内 片岡扇龍さん


舞台は江戸の新橋大川端、料亭「深川」の前。渡世人姿の友蔵がやってくる。腰には長ドスを差し、胸に遺骨を抱いている。

友蔵は、深川の女将に尋ねる「25年前、信州小諸にいた覚えはないか」と。「確かに」と答える女将。「連れ合いの名前は友左衛門では」「そうです」「ならばおっかさんに間違いない」喜ぶ友蔵に、女将は「確かに息子がいたが、流行り病で死んだと聞いた。たとえ生きていたとしても、お前みたいなヤクザ者じゃない」と厳しい言葉を突きつける。

友蔵は「好きでヤクザになったわけじゃねえ」と、肩を震わせ、胸に遺骨になった弟の友吉を抱いて、ここまでの道のりを語り始める。。。

 

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お芝居後の口上挨拶 片岡大五郎座長とベビー志月ちゃんと虎竜くん

 

十六夜鴉」の人間模様 心を閉ざす母

大衆演劇の王道のような人情劇で、昔からよく演じられてきたお外題だそう。
長谷川伸作「瞼の母」と似たストーリーです。

幼い頃に、家を出てしまった母に会いたくて、旅をかけ、やっとの思いで訪ねてきたのに、拒絶される。母は息子とわかっていても、今の立場は料亭のおかみ。自分の気持ちより世間体が大事。店の暖簾と娘の将来を守る為、ヤクザの息子と親子名乗りをするわけにはいかないという。

瞼の母」と異なるのは、娘のおみよが、この場面で登場するところ。2人の会話を店の中から聞いていたおみよが、お花のお稽古に行くために出てきて、言葉をかけるのです「兄さん」と。

可憐な花が通り過ぎるような、ハッとさせられる場面でした。

娘が「兄」と認めてもなお、拒絶を続ける女将。 正直、ここまで拒否することには共感しにくい。こっそりとでも認めてあげてもいいのにと、現代の感覚では思う。しかし、時代背景を想像して考えてみる。女将は毅然と生きているようで、自分で判断することができなくなってしまっているのではないか。このあたりも「瞼の母」の母、「水熊のおはま」とは少し異なる女性像のように思いました。おはまが料亭水熊を自分が背負っているという強い自負があるのとは違い、「嫁」として入った料亭深川。ごく普通の女性。長年染み付いてしまった行動で、ひたすらに心を殺して生きているのだとしたら、なんて悲しい。。。それがこの時代の女性の生きる術だったのでしょう。

既婚女性の、眉を落としてのメイク。表情が殺されていて、本心が見えにくい。眉を落とすのは、そんな意味もあるのかもしれない。

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女将役 矢島京子さん お腹の底から発せられた声で語られる台詞回しに、いつも聞き惚れます。静かで迫力がある演技。

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おみよ役 片岡小梅さん
母と違って「娘」はまだ自由な感性を持っていられる。おみよが、大店のお嬢さんであることを少しも奢らず、気持ちのよい娘であることから、女将の育て方の良さを、偲ぶことにもなります。

弟友吉の存在 

もう1つ「瞼の母」と異なる点、「弟」の存在です。 すでにこの世の人間ではなく遺骨、「仏」として。このお芝居の肝です。「兄弟」というテーマが伴うことで、ヤクザ渡世色が強まる感じがします。

友蔵は一人じゃなかった。弟と支え合って生きてきた。母親探しの旅も、弟が「兄ちゃん、おっかさんに会いに行こう」と言ったからで、旅の途中もいつも「兄ちゃん、こうしよう」と提案があり、取るべき道を決めてきた。兄に弟が従うというのが通常なので、このあたりもちょっと変わっている。友蔵の語りから想像するしかないのけれど、弟を可愛がっていたからこそなのだろうなあとか、ひらめきのある子だったのだろうなあとか。

弟がいたからここまで来れた。だから「自分のことはいい、せめて友吉だけでも、抱いてやってくれませんか」と懇願する。しかしそれすらも母は叶えてくれない。さらには「金の無心に来たなら、これを持っておかえりな」と財布を投げつける。

 

「金ならある」

拒否するだけでなく、ヤクザ者のレッテルを、母親が突きつけるのです。これはショックです。そこまでするか?この辺りからますます母に同情しにくくなる。

それに対して、やり返す友蔵。

「金ならある」懐から黄金色の小判をチャリンチャリンと、牛馬通る往来に落とす。

みすぼらしいキモノとあまりに対照的な大量の小判に、驚く女将。。。女将が世間体に生きるあまり、いかに表面的にしか物事を見ていないか。友蔵の貧しい身なりから、自身のことには一切使わず、爪に火をともすようにして貯めてきたことを、推して知るべし。

「顔も知らないおっかさんに会うんだ、何か手土産が要るだろう。もしもおっかさんが貧乏暮しをしていたならお金があれば親孝行ができるじゃないか」弟友吉からの提案でした。

ヤクザ渡世の習わし、わらじを脱いだその先の「喧嘩場」で、勝ち取ってきたお金。命を張って稼いだお金。これで最後だと言って出て行った喧嘩場で、弟は命を落としてしまった。あと少しで江戸に着くはずのところで。

弟は「この喧嘩が済んだら堅気になろう」と言ったと、友蔵が語ります。友蔵が堅気姿じゃなかったのは、弟がヤクザのまま死んでいったのに、自分だけが堅気になんてなれないと、思ったのかもしれない。

 

「こんな思いをするとは思わなかった・・・」

友蔵が言う、無念の台詞。友蔵は母が自分たちとの対面を喜んでくれると信じていたんです。年の頃なら30すぎか。喧嘩場をかいくぐり、腕をならしただろう男が、ただ無邪気に。

これほどまでに立ちはだかる「世間という高い垣根」って、なんなんだろう??それはきっといまだにある。その立場にならないと見えてこないだけで。

仏になった友吉でさえも拒絶され、これ以上ここにいても無駄だと思った友蔵。無造作に小判を拾う。まるで小石でも集めるみたいに。。。目を見張り続ける女将とは対照的です。

そうして友蔵は立ち上がって「邪魔しました」と、綺麗な仁義を切る姿勢をとって、頭を下げ、去ろうとします。

ここ、すごいと思いました。

ヤクザにはヤクザの意地があるんだ。それを見せつけている、と思いました。
世間から見下げられようとも、俺たちはこうして生きてきたんだ、と。

 

横車の親分登場

さて、ここまではシリアスで重い空気。それを破るように現れるのが、横車の親分です。これまた「瞼の母」とは異なるところ。

規定値二枚目?の"梅さま"梅之助総座長が、よもやの面白メイクで登場。もう目が点。「このお芝居では道化役だけど、ここまでの変顔メイクは初めて見た」とご贔屓さんもびっくり。梅さま、ちょっと振り切れはった? レア感あってテンション上がりました。喜劇「博多明太子」以来の衝撃で、しつこく笑ってスミマセン^^;

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お芝居のトリッキーキャラから一転、耽美な女形の梅之助総座長 

親分とともに登場 横車一家 若いもん役 桔梗さん

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 横車一家 若いもん役 真城匠さん

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一旦は去ろうとする友蔵でしたが・・・

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と、まだまだ!長くなるので一旦記事を分けまして、後編に続きます(まだ書くんかいってね いやいや、、どうかお付き合い賜りますよう^^;)

 

本家真芸座@庄内天満座11月公演

11月29日お昼の部まで
昼の部12時から 夜の部18時から
休演日:11月22日
木戸銭 1600円 前売り1300円
庄内天満座
豊中市庄内東町2-3-11
阪急「庄内駅」より徒歩1分
詳細は劇場案内ページをご覧ください

阪急庄内 天満座 | KANGEKI(カンゲキ)

 

 

 

 

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