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chomoku

"大衆演劇が在る状態"が好きなので

「ピタカゲ」のこと

舞踊ショー

大衆演劇の舞踊ショーでよく踊られる「ピタカゲ」 

youtu.be


大衆演劇を見ていなければ、知らずにいただろう曲

「ピタカゲ」とは「ひねくれる」という意味だそうです。


はじめて聞いた時(よぅわからんなあ)と思いました。

しかし、何度も聞く(見る)うちにハマってきて、気になってインターネットで検索して、聞き取れてなかった歌詞も全部読みました。

どんな歌詞か、一言でいうと「振られて乾杯(完敗とも)」というところでしょうか:

エ・イ・エ・ン なんてもの あるワケないでしょ

そんなことを 言われても結局 愛なんてないなら今夜はピタカゲ!

とにかくキミの笑顔 信じてた オレがバカだった

死ぬまで一緒だよ なんて 言ってたのにさ…

いやあ、いいな、フラれた悔しさそのまんまで疾走する感じ

と、しばらく口ずさみ。

もともと"文芸パンク"というかシュールな歌詞を好んで聴いてきたのに、ここにきて、どストレートな歌詞にぐわっと熱くなるなんて、何が起きたんだか。

それは、少し前に、この記事を読んだことが大きいです:

「ブログ俳句新空間」「【俳句時評】「攝津幸彦」を共有しない / 外山一機」

たとえば、長谷川町蔵はヒップホップについて次のように述べている。

良識ある洋楽ファンがヒップホップの壁を超えられないのはよく分かるんですよ。まず歌詞が暴力、金、犯罪を礼讃して女性蔑視的だし、音楽的にもロックのように洗練していかない。(略)でもこうした壁は、発想を転換すれば乗り越えられるんです。ヒップホップをロックと同じように音楽だと思うから面白さがわからないのであって、「ヒップホップは音楽ではない」、そう考えれば、逆にヒップホップの面白さが見えてくるんです。(長谷川町蔵・大和田俊之『文化系のためのヒップホップ入門』アルテス・パブリッシング、二〇一一) 

目から鱗でした。

ヒップホップは「新しい/古い」ではなく、自分たちが「今」いる「この」場所のドキュメントなんですよ。リリックもそうで、ギャングスタ・ラップって常に内容が批判されるじゃないですか。でもキワどい話って仲間うちでは共有されているもので、一種のフォークロアですからね。(同前)


この言葉にも、めちゃ納得。
何でも自分の土俵だけで考えたらあかん、いうことですね。。。

 

彼ら(高校生ラップ選手権の勝者)の言葉が観客に届くのは、言語表現として優れているということだけでなく、むしろ演者と観客とが「いま」「ここ」で共有しているはずだと信じている「フォークロア」のベクトルを一歩たりとも踏み外さないからにちがいない。

 

10代から20代の男の子たちの、自分でも理由がつけられない、またコントロールもしようのない衝動に突かれた挙句、自分らだけの狭い世界を守ろうとするのは、よく理解できる。

オバチャンで女で、しかも親の立場である自分が、絶対入っていけるものではないけれど(オカンなんてウルサいだけやろし)、よくよく分かる。

その姿は、一見、滑稽かもしれない。でも、そこが大事だ、と思いました。

正直、こういう歌詞を、長いこと、ちょっとバカにしていました。

稚拙だとか、当たり前の言葉ばかり使ってるとか。

「ピタカゲ」にしても、二十歳そこそこしか生きていないのに、「永遠」とか「愛」の何を知ってるつもりやねん、とか、思ってました。

でも、、、何だろう、いまは、この歌の、言葉のつたなさが、突き刺さる。

とにかくキミの笑顔 信じてた オレがバカだった
死ぬまで一緒だよ なんて 言ってたのにさ


同じ意味の和歌が、ありそうですよね。

何百年の前、作者不詳で。。。

この歳になって、ようやく理解できました。

それでもおおかたの「J-POP」は、ダメなのが多いですが。。。

説教チックなのとか、今時の頑張り系、、、わたしの性根がワルでヘタレだからでしょう、「頑張った君を誇りに思うよ」とか、聞くだけでお腹いっぱいってなるし、生花店のバケツの花をして"世界でたった1つの花"とかいうのも、なんか違うやろって。スミマセン

これもまた、いつかわかる日が来るかもしれないですが。。。 

と、言うてるわたしこそ 永遠のピタカゲ かも、しれません。

 

 

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