chomoku

"大衆演劇が在る状態"が好きなので

「南部俵積み唄」大衆演劇舞踊で出会う民謡の世界

「南部俵積み唄」

f:id:chomoku:20160505081116j:plain

2016年5月3日、奈良やまと座、松丸家小弁太座長。

ミニショーラストを飾る舞踊。

朗らかに陽気に舞い踊る。

軽快な太鼓のアップテンポの節に、飛んだり跳ねたり、激しい動き。

f:id:chomoku:20160505081243j:plain

5分以上はあったでしょうか、かなりの運動量です。

弾けてるけど、しゃんとした、こんな民謡の舞踊、好きだなあ

f:id:chomoku:20160505081132j:plain

 

いい歌だったので、帰宅後、早速、歌詞を調べました:

ハアー 春の始めに この家(や)旦那様サ
七福神のお供してコラ 俵積みに参りた
ハアー この家旦那様は 俵積みが大好きで
お国はどこかとお聞きあるコラ 私の国はナアコラ
出雲の国の大福神
日本中の渡り者コラ 俵積みの先生だ…

 

和太鼓鼓太朗さんのサイトから、引かせていただきました。

同サイトの解説より:

この唄は、誰が作ったのか、どこから来たのか、は不明である。しかし、三戸で初めて節がつき、三戸で唄われはじめたのは確かである。三戸町大字豊川字久保に住んでいた大村仁蔵氏(明治24年10月29日生、昭和48年82歳で死去)から語らなければならない。

大村氏はこの唄を、三戸の蛇沢新田の掘っ建て小屋(くず屋)に一人で住んでいた「たらじみじい(俵づみ爺様)から聞いたと言う。夏は魚釣り、冬は俵づみの門付けをして暮らしていた爺様は、出雲の国から門付けをしながら流れて来たらしいが、今は知る人はいない。

大村氏は「ジボジ」とか「ドホジ」とかのあだ名で呼ばれていたが、たいへんな博学で昔語りや歴史にも詳しい人だった。大村氏が昭和15年頃、蛇沢の知り合いの家によく薪をもらいに来ていた時、部落の子供たちが集まって、夜遅くまで大村氏の語りを喜んで聞いていた。語りも終わり夜10時頃、家に帰る前に決まって語り唄ったのが俵づみ唄だった。

 

なんかもう、読んでいるだけで、わたしゃあ泣けてきました。。。

俵積みを請け負いながら、出雲の国から流れてきたという"俵積みの先生"の、その誇らしげなこと。

いつのまにかいなくなってしまった。

流れ星のように。歌だけを残して。

 

「俵積み」と同じく、この100年で無くなった職業は数知れず。

でも、新しく生まれる仕事も。。。
例えば、ウェブデザイナーという職業も、30年前はなかったんですよね。

いつか「ウェブデザイナーの歌」なんていうのも、詠み人知らずで伝えられ、大衆演劇の役者さんが踊ってる・・・なんてことも、ないとは限らないですよね。

 

歌は、はたらくひととともにあり、やがて踊りになってゆく。

おくぶかき、歌と舞踊の世界です。

 

f:id:chomoku:20160505081532j:plain

松丸家小弁太座長は民謡のレパートリーが多くて
お若いのにすごいなあといつも思う
すらりと長身 素顔もオットコマエでおわします

 

 

公演情報

劇団松丸家@奈良やまと座 2016年5月公演

5月1日から30日昼の部まで 休演日:18日

奈良県宇陀市榛原萩原2445-6
近鉄榛原駅から徒歩3〜4分

当日:1700円前売り:1500円

電話/0745-82-1111
昼の部/12時開演3時頃終了
夜の部/6時開演9時頃終了

f:id:chomoku:20160505082205j:plain

www.yamatoza.com

 

 

 

Copyright © chomoku All Right Reserved.