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"大衆演劇が在る状態"が好きなので

2016年4月17日 若葉しげるさんの一人芝居「おかあさんのおべん当箱」@オーエス劇場

一夜限りの一人芝居

劇団紫吹にゲスト出演される若葉しげるさんの一人芝居が、この日の夜の部のみ上演されるということで行ってまいりました。

当日貼り出されたポスター。

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長い年月、全国の劇場やセンターで、何度も演じてこられただろう、役者魂が込められたお芝居が、これまた年季の入ったオーエスの舞台で。

この日このお芝居を見たくて集まった、たくさんのお客さんを前に、幕が上がって、、、あとは時計が「あの頃」に巻き戻ったような、「あの日」の夏の暑ささえ覚える、35分間でした。 

 

あらすじ(冒頭)

昭和20年8月6日、広島で、実際にあった話を元に作られたお芝居で、

タイトルが「おかあさんのおべん当箱」

これだけで、どんな話か、、、想像できますよね

昭和20年8月5日。蝉が鳴く暑い日。戦下で厳しい暮らしでも、明るく前向きに働く母。明日、広島市内で建物疎開に学徒動員で行くという息子しげるのために、着物を売ってまで米を調達し、お弁当を作る。息子の大好物の「お米と麦と大豆入り」と、何度も何度も唱えながら。

翌朝、お弁当を持たせて見送り、8時15分、大きな爆発音。見たことのないほどの大きな黒い雲が、まさに息子がいるだろうところから上がっていたーー

 

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母と「お弁当」

母とお弁当、って、重い。んです。

わたし自身、息子に毎日お弁当を作ります。その時、できるだけ、そんな「重〜く」ならないように、って思ってるんですけど、やっぱりどうしたって「重く」なる。
それはどんな手抜きでも。。。

だって、今日も元気で生きてくれ、って思って作っているから。

1つ、ネタバレになってしまいますが、お芝居で、母が焼け跡から、息子のお弁当箱を見つけて、中を開けて、叫ぶのです「どうして食べなかった!」と。

この気持ち、痛いほどわかる。

息子は亡くなっている。食べても、食べなくても。

それでも、せめて、お腹を空かせて、逝かせたくなかった。

救われません。 

わたしもきっと叫ぶでしょう「どうして食べなかった!」と。

 

もう1つ。このお弁当箱は、兄のものだったという設定でした。

すでに出征している兄が、自分はもう使わないからと、「しげる」と弟の名前まで彫って、譲るんです。

「自分はもう使わないから」。

ここも、泣けました。

お弁当は、重い。重いんです。

重くしたくないのだけど、どうしても、重くなってしまうの。ごめんね。

大切に、食べてね。。。

 

タイトルは、「母の」お弁当箱。「息子のおべん当箱」ではなくて。

ここにも、若葉しげるさんの伝えたい思いが込められているのではないだろうか、、と深読みしています。 

 

終演後、お芝居の扮装のまま、挨拶されるしげるさん

「このお芝居はこれからも演じ続けます」という言葉に、大きな拍手が。

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手にはへしゃげたお弁当箱
このおべん当箱もまた「名優」と言ってよいなあ。

 

 

個人舞踊では 後ろ向きで登場

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小柄な身体 細い肩 腰を落とせば いっそう華奢な女形

観客の一人一人に 語りかけるように 舞台の端から端まで 駆けつけて 踊る

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それはもう舞踊ではないような、何か

別の域のもののような気がした


 

舞台の上で、生きる。

緞帳の陰で落とされた涙や汗を知らない凡人が、軽々しく言っていいのか、素敵ですねいいですね、などと。

喝采は時に残酷だったりする。

でも、そういうものだから仕方ない。

じぶんもまた、一夜の夢に、どっぷりと、浸ることをやめられない、阿呆にどがつく客の一人で、見つづけることをやめられないのです。

 

 

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