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"大衆演劇が在る状態"が好きなので

「好きでなったヤクザじゃねえ」のです

『母さんがどんなに僕を嫌いでも』(歌川たいじ著/エンターブレイン)より
"「犯人が連続殺人鬼になったのは、幼少時代に親から虐待を受けていたからだ。」
ドラマとか映画を見ていると、こんな図式が描かれているものと出くわすことがあります。そのたびに僕は、もやもやしてしまいます。虐待を受けた経験が連続殺人鬼になった理由として、当たり前のように描かれてしまうことに、いささか違和感をおぼえてしまうのです。

できるならば、親から虐待を受けて育ったのち、”社会から孤立して"、その結果、反社会的な思いを抱くようになり、連続殺人鬼になった、とちゃんと描いてほしい。虐待と心の傷についてちゃんと勉強した人でなければ、安易に描いてほしくないのです。"
 

 

 「瞼の母」の忠太郎が おはまに言う

「親に放れた小僧ッ子がグレたを叱るは少し無理」

 

「浅間の千太郎」の千太郎が 甚左衛門に言う

「好きでなったヤクザじゃねえ」・・・

 

ヤクザ渡世は、親からはぐれた者の 寄せ場

それは「世間」からはぐれた者の 寄せ場とも。

 

 

「人斬り林蔵」の林蔵が言う


 「俺たちは表街道を歩けねえ、俺たちがゆくのは裏街道だ。

裏街道から道を外し(カタギ衆に迷惑をかけること)たら、おしめえだ。

そんな輩はまことの侠客とは言えねえ・・・」


つまり「裏街道」とは

「表街道」からはみ出た者たちの 受け皿

ヤクザ渡世・裏街道 = 即・極悪非道ではなく

親からはぐれた者、

表街道からはぐれた者の、行き(生き)場所

セーフティ・ネットなんです

そりゃ確かに 堅気衆からは 褒められたものじゃない かもだけど

そこからはみ出さないようにすれば、なんとか生きていけた

 

「こんなヤクザに誰がしたんでい」(忠太郎)

 

大衆演劇のお芝居で描かれる

ヤクザ渡世のような緩やかなグレーゾーンは

どんな時代にも、必要なのでは

 

今、それが、ない

即、表街道から除外されるか「保護対象」

そりゃ確かに堅気衆からは褒められたものじゃない かもだれど

 

「こうするしか生きる術がなかったんだ」(千太郎)

 

にんげん生きてるといろんなことがある

だからグレーゾーンは 誰しもに要るはずで

それを許さない 一重構造のような いまの世間の風潮が

即 崖っぷちを作り 突き落とす

その先の闇を 深くしているんじゃあ ねえのですかい。。。

 

 

 

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