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chomoku

"大衆演劇が在る状態"が好きなので

2016年2月21日 昼の部 本家真芸座@鈴成り座 お芝居「板前兄弟」

大衆演劇 本家真芸座

大衆演劇を観に行こう運動」を、ときどきやっています。

友人知人で、このひとなら付き合ってくれるかな?と思うひとを一本釣りして劇場へ連行(笑)するだけなのですが、今回は、これまでも何度か付き合ってくれている、仕事仲間のKさんを、久しぶりにご案内。今月はここでしょう!というわけで鈴成り座へ、向かう道中、鶴見橋商店街で、韓国お惣菜を昼食に買い求め、ウキウキ参りました。

お芝居は「板前兄弟」楽しかった〜

大衆演劇を観に行こう運動」にはぴったりのお外題。ありがたしです

 

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2016.2.21 ミニショーから

 

(あらすじ)

料亭で板前としてはたらく兄弟の絆を描いた人情喜劇。55分・1幕2場。

第1場 天神さんの門前町 料亭風月の前

玉五郎(片岡大五郎座長)は、弟の菊三郎(片岡梅之助総座長)とともに、料亭風月で、腕のいい板前兄弟として、はたらいている。弟は二枚目(男前)に対して、玉五郎は三枚目(ブサイクメイクで登場)で、ちょっとぼーっとした性格のよう。

ある日、店先で、伊勢屋のお嬢さん(片岡小梅さん)と婆や(矢島ひろみさん)が、金子目当ての二人組(真城匠さん・片岡桔梗さん)に絡まれる。

 

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チンピラの弟分 片岡桔梗さん 11歳
個人舞踊「YOSAKOI祭唄」では堂々かっこいい棒振り

 

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チンピラの兄貴分 真城匠さん 

 

助けようと割って入った玉五郎、あっさりやられて倒れてしまう。
そこに菊三郎が出てきて、かっこよく反撃。

その姿に、お嬢さんは一目惚れ。

 

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伊勢屋のお嬢さん 片岡小梅さん 

 

「婆や、あのかたの名前を聞いておくれ」「はいはい、ええと、あなたのお名まえは?」「玉五郎」と、菊が言うやいなや「わかりました!玉五郎さんですね!」と、去って行ってしまう。

 

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婆や 矢島ひろみさん 個人舞踊「かもめの女房」うつくしかった

 

「・・・(倒れている兄を指して)玉五郎の弟です、と言おうとしたんだけど」と菊。

 

第2場 料亭風月 女将のいる間

後日。

風月の女将(豊島屋虎太朗さん)を訪ねて伊勢屋の婆やがやってきた。お嬢さんがこちらの玉五郎さんに恋の病。ついては玉五郎さんを当家の後添えとして迎え入れたいので、よければ使者をたててくれないか、という。

おどろく女将。

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豊島屋虎太朗さん演じる料亭女将 第2場の目玉的存在 ハジけてくれます!

 

玉五郎ですね?間違いありませんね?」

「はい、玉五郎さんです」

「わかりました。そちらが持ってきた縁談話、破断は無しですよ」

女将は念を押して、婆やを返したあと、奥で話を聞いていた女中のおたけ(矢島京子さん)と、大笑い。

 

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女中おたけ 矢島京子さん 虎太郎女将とナイスコンビネーション

 

うそでしょう?ほんとうに玉五郎のこと?ともかく玉を呼ぼう。

「たま〜、たま〜、話があるからこっちへおいで〜」

さて、この話、うまく進むのでしょうか・・・?

 

役者的瞬発力と配役の妙

いろいろな劇団で演じられている人気のお外題だそうで、わたしは今回初めて見ました。 

お約束の決めセリフとポージング(型)のかっこよさ、自由部分(アドリブ)では丁々発止のバトル。役者の反射神経?の見せ所が満載です。

配役がすでに妙ですよね。兄が若い大五郎座長で、弟が総座長という、実年齢とは逆なので、見る側もそれに合わせて頭の中を切り替えなければなりません。それで、おかしさが倍増する感じ。

 

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弟 菊三郎が梅さま。。渋すぎる弟

 

年下のものが、役の立場を利用して、「お前、兄ちゃんのゆうことが聞けないのか!」と、言えるのも、お芝居のなかだけ。それも、どこまでがもともとのセリフで、どこまでが今回のアドリブなのか、初めて見る者には全くわからないので、「あんなこと言って大丈夫?」とか、スリリングなのでした。

 

「ブサイク」について

少しマジな?話を。。。このお芝居にも出てくる、「美女と醜女」「美男と醜男」ネタは、古今東西つきもので、避けて通れないほど。人類普遍のテーマとも言えそうです。

正直、この話題になると、辛くなってしまい、こころがしばらく晴れません。

「美人」じゃない者にとって、「醜女(しこめ)」がバカにされるのを、どれほど面白おかしく演じられようとも、心の底から笑えない、それどころか、ただただ気分が悪くなるものもあります。

十代のころは今より外見コンプレックスが深刻で、「なんで美人に生まれなかったんや」と、本気で親を恨んでました。

美人の友人と一緒にいて、男性から「可愛いね〜あ、君じゃなくて、そっちの子」とか露骨に言われたら、もう固まるしかなくて。

よのなか、そんなことばっかり。

劇中、玉五郎が、ひとりになって、女将さんの鏡をこっそり覗いて「ショック…」とつぶやくシーンは、自分そのもの。。。

 

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片岡大五郎座長の玉五郎
おっとりと包容力のある人柄 ほんと魅力的だったなあ

 

でも、そんなみじめな気持ちを周りに知られたら、もっとサイアクなので、「美人じゃないのはわかってるし、そんなこと、ぜんっぜん、気にしてないわよ〜」と、終始笑ってふるまうしかないのでした。


滑稽の光景が逆転する

そんなコンプレックスも、年を重ねるごとに、達観(諦め)と、よのなか見かけじゃないと実感する経験をたくさんして、すこしは余裕を持って見ていられるようになりました。

「雨夜の品定め」は、これから先もあり続けるでしょうから、そんな世間に身をおきながら、いかに自分の価値、価値観を守るか。

もっとも有効やなあと思うのは、いろいろな見方を知ること。です。

たまたま属している社会において、なんとなく設定されている外見の判断基準を、いったん外して、周りを見直したとき、どれほどおもしろく、いきいきと、魅力的な世界が広がっているか。

それがわかった瞬間、「滑稽の光景」が、逆転するのです。

大五郎座長の玉五郎は、さいこうでした。みごと、逆転させていた。

最後に、玉五郎が見せるやさしさ。あれ以上に尊いものがあるなら教えて欲しい。

がぜん、玉五郎が、後光がさすほどに、かがやいて見えてくる。

ラストシーン、花道をゆく玉五郎に、ホロリチクリとなりつつも、いまにきっとその優しさが通じる日がくると、信じて見ていられるのでした。

 

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大衆演劇の役者さんは1公演のあいだに老若男女七変化される。。。

ひとはいかようにもなれること。気持ち1つ、技1つで、世界を変えられること、変わって見えてくることを、体現してくれているようで、いつしか自分のなかで価値観の変容がつぎつぎ起きているのを感じます。

これがもう、このうえない快感!

わたしが大衆演劇に惹かれてやまない大きな理由は、まさにこの面白さにあるのだろうと思います。

 

 

 

 

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