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chomoku

"大衆演劇が在る状態"が好きなので

2016年1月6日 お芝居「おけさ兄弟」本家真芸座@天然温泉ゆの蔵

大衆演劇 本家真芸座

大衆演劇が観られる門真市の温泉施設「天然温泉ゆの蔵」にて、公演中の本家真芸座、お芝居は「おけさ兄弟」
定番のお外題の1つですが、わたしが観たのは今回が初めてでした。

 

(あらすじ)1幕2場 50分

おけさ村の百姓家。新助(片岡梅之助総座長)が野良仕事で不在中に、赤鼻の親分がやってきて、新助の妻のおしんに「俺の女になれ」と迫る。新助が帰ってきて一喝。親分は退散するも、虫が収まらない様子。

二人になって、おしんが声をかける。お前さん、最近、顔色がすぐれないけど。おしんの言葉に、新助がいう。弟の新吉が夢枕に立つんだ。何かあったのだろうか。

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新助役 片岡梅之助総座長

 

そこに母娘が訪ねてくる。新吉の女房のおあきと娘のおきみだった。歓待する新助とおしん。「新吉も一緒か」「はい、一緒です」「どこだ?」「ここに…」おあきは白い布に包んだものを差し出す。「貧しい暮らしに苦しみ、それでもわたしたちに正月の餅のひとつでも買ってやりたいと、お金欲しさにやくざのところに。闘争に巻き込まれてあえない最期を遂げました」

新吉の遺言で、兄を頼ってきたという母娘を、暖かく迎え入れる新助とおしん

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おしん役の矢島ひろみさん(左)と おあき役の矢島京子さん(右) 

ほどなく、手負いのやくざの男(片岡大五郎座長)がやってきた。勝手に井戸の水を飲もうとするのを、おしんが「その水は長雨で濁っています。奥から汲んできてあげましょう」と声をかける。「かたじけない」と顔をあげる男。おどろくおしん。それは、かつて家から頼母子講の金を持って出て行った弟・三五郎だった。

いまさらよくも。お前が村の人たちの金を出て行ってからというもの、わたしたちがどれだけ大変だったか。

怒りをぶつけるおしんに、三五郎が泣きながら、わけを話す。飢饉で、村の人が困窮しているのに、うちは庄屋で、たくさんの金がある。それを分けてやったのだ。頼母子講の金とは知らなかったのだと。。

長年の誤解がとけて、弟を赦そうとするおしん

しかし、運命のいたずらか。村を出てから行くあて無し、金欲しさにやくざの出入りに加わった三五郎の、斬った相手が、新吉だったのだーー

 

「型」で見せる 役者が1枚の絵に

厳しい飢饉が続き、村に住めずに出て行くも、結局は行くあてなし、気が付いたら流れ者。。。 そんな時代の農村で、情を寄せ合い、懸命に生きようとする兄弟と夫婦の物語。

50分という短い尺ながら、こころが軋むお芝居でした。

なかでも、梅之助総座長の演技に、強く打たれました。弟の遺骨を抱く場面。時間にすればとても短く、ほんの数秒だったと思います。「型」で「慟哭」を、一瞬にして表されるのです。無言で、深い、深い、悲しみを。。。

その「型」が目に焼き付いて離れません。

一旦は去るも、納得していない様。

妻の気持ちを慮り、必死で耐える様。

すべて、「型」で、表現される。

短いお芝居のなかで、要所要所で繰り出される「型」に、何度も息を飲む。「型」が醸し出す形式美、また、それ以上に、生々しく、写実的で、役者自身の個性や経験が詰まったものであり、、、このお芝居を見て、大衆演劇で演じられる、大衆演劇ならではの「型」を、もっと見たいという思いが、俄然沸きました。

 

ゆの蔵はお芝居のあと、舞踊ショーまで2時間あり、残念ながらここで退席。

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「ゆの蔵」は居心地がよく、時間があればお風呂も入ればよいのですが、いまだに実現できていません。ぐす

 

(観劇余談)

「ゆの蔵」には生鮮食料品コーナーがあり、帰りに買います。ご近所のお豆腐やさんから仕入れられるという、ずっしり重い「田舎豆腐」が美味しくて気に入ってます。この日はお味噌汁にしました。

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