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chomoku

"大衆演劇が在る状態"が好きなので

2015年12月20日明正座下町かぶき組 劇団悠 お芝居「花のあと」

12月20日(日)下町かぶき組 劇団悠@明正座(大阪市生野区)お昼の部
松井悠座長のオリジナル狂言花のあと」、劇場の貼り出しを見てから楽しみにしてました。明正座までの道のりもだいぶ慣れてきたなあ(それでもやっぱり遠いけど)

 

ミニショーラストは「ラピスラズリ

舞台には桜の花びらの映像が流れ、
客席から登場の悠座長

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「舞う」というより「空間を作っていく」感じ。。。

お芝居へのプロローグでもある舞踊だったんだなあと、あとから気づきました。

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お芝居「花のあと

(キャスト)
  • おかよ(源氏名 琴音)悠座長
  • 喜八 嵐山錦之助さん
  • おかよの母おしげ 高野花子さん
  • 親分 駿河染次郎さん
  • 花魁 ひな菊姐さん 藤 千之丞さん
  • 女郎 つるさん 駿河染次郎さん(二役)
  • 女郎 かめさん 高橋茂紀さん 他
(あらすじ)

幼馴染で互いに思いを寄せ合う若い男女の物語。舞台は田舎の村と江戸の遊郭。 

第1場 桜さく野〜おかよの家

おかよと喜八は、互いに好意を寄せ合うものの、思いを伝えられずにいる。ある春の日、喜八と桜を見に行き、幸せな気持ちで帰ってきたおかよを待っていたのは、長年溜まった年貢のかたに、自分が女郎屋へ身売りをせねばどうにもならないという話だった。

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おしげ役の高野花子さんと喜八役の嵐山錦之助さん

 

「すまない」と頭を下げる母に、気丈に微笑むおかよ。一方、喜八は呉服屋を持ちたいという夢を叶えるために江戸へ奉公へ出るという。自分が一人前になって帰るのを待っていてくれと言う喜八に、本当のことを言えずに見送る。。。

恋するおかよと喜八のやりとりは、セリフのあとに全部ハートマークがつくようなラブラブぶり(照)可愛らしさ全開の悠座長が、途中で「オレも演ってて恥ずかしいわ」とアドリブで言ってくれて救われました笑。このお芝居ではこういう「外し」が適所にあって、そこで客は一息つくことができて、よかったなあ。

 

第2場 遊郭

舞台は遊郭花月楼。暗がりに灯されるように飾られた真っ赤な着物には、大きな枕絵が描かれている。これから自分の身に起きる恐怖におののくおかよ。女郎ひな菊が現れ、肩をたたく。ひな菊の女郎全とした姿に、逃げるおかよ。残されたひな菊、枕絵の前に佇み、うつむきながら我が身を苦海に沈めた歳月を指折り数える…

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女郎ひな菊役 藤千之丞さん(写真は11月の個人舞踊「歌麿」)

この間、セリフは一切なし。千之丞さんの、廓という生き地獄のなかで生き抜く女郎が持つ色気、僅かに覗かせる"狂気"の表現に、息を飲みました。浮世絵から抜け出てきたような姿と所作。


その後、別人のようになって登場するおかよ、悠座長の見事な変身。幼さ残る田舎娘から女郎琴音となり、心を殺して生きている。ひな菊はむかしの自分を見ているようだと、琴音を気づかう。

「胸に手を当ててごらん。心の臓が動いているだろ。わたしたちは物じゃない、生きてるんだ。心のありかを忘れるんじゃないよ」ーー


二人の美しい女郎に対して、登場するのが「売れない女郎」つるさんとかめさん。
廓の悲喜こもごもや不条理を、コント仕立てで語る役どころ。たっぷり笑わせてもらいました!

 

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かめさん役 高橋茂紀さん 写真は「沓掛時次郎」の太郎吉

 

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親分役・かめさん役 駿河染次郎さん この日も役替わりで大活躍!非道な親分役も鋭い迫力があって怖かったし、 舞踊の「そめこ」も怖かった〜別の意味で笑


さてさて、その、つるさん・かめさんのうわさ話。

「今度上州屋が座敷総仕舞いをするって」「わたしたちにもチャンス有るわね」「1人だけいい男がいたわね、上州屋の奉公人で、ええと名前はなんだっけ、そうそう」せーの「喜八さん」

喜八さんですって?!まさか。

舞台は琴音以外しばし「静止」。ピタッと固まって微動だにしない茂紀さんと染次郎さん。騒がしいつるさんかめさんが、琴音の視界からも耳からも消え、驚きの深さを表現する趣向。現代演劇的。上手い。

 

やがて2人は再会し、たがいの思いを確かめ合う。「絶対身請けする。おかよに似合う花嫁衣裳も作るから、待っていてくれ」喜八の言葉にようやく「魂」を取り戻した琴音。安心するひな菊。わたしはもうすぐ年季が明ける。あの人と一緒になれる。一足お先に幸せになるよ。。。

 

一ヶ月後。
再びつるさんとかめさん登場。相変わらず"冴えない"ふたり、うわさ話を始める。

「わたしたちもう男なんて要らないわよね」
「そうよそうよ。あんなことがあったし余計、ね」
「ひどい話よね。ひな菊姐さんのいい人、別に女がいて、その女と無理心中って」

 

ショックで心が完全に裂かれてしまったひな菊。琴音の言葉も通じない。
千之丞さんの、絶望と「狂気」の演技が、舞台にじわじわと悲劇の潮を漂わせていきます。

上州屋では若旦那の散財により、身請けの望みも断たれた喜八は、琴音に言います。
「逃げよう!」と。

 

第3場は、ふたたび第1場の桜の野へーー

 

1時間40分のお芝居。場面が途切れず展開されていたからか、長さを感じませんでした。いいお芝居を見たあとの、充足感。

 

「お芝居が長かったので」と、ほどなく始まった舞踊ショー。楽しかった!

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沓掛時次郎の悠座長。また股旅物も観たいなあ〜

 

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ラスト舞踊 ふたたび花魁姿の悠座長 と千之丞さん
舞踊のなかでビシビシ「絵」が決まりまくる

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悲劇はただ悲劇ではない

花のあと」は、たしかに悲しい物語なのですが、ただ悲しいだけではないんですね。変えようのない境遇のなかで、何を大切にして生きるか。それだけは、どんなときも、残されている。たった1つの尊厳と言っていい。

また、お芝居には、観客がいるんです。
観客が見ている、つまり知っている。嘘もまことも。

見届ける者がいる限り、決して悲劇ではない。とわたしは思うんです。

 

ひな菊姐さんは、琴音と会えて、よかったなあ。

おしげさん、よく耐えたなあ。
おしげさんが耐えてくれたおかげで、救われたなあ・・・

などなど、 たくさん好きな箇所があるお芝居でした。

 

3つの「ありがとう」

そのなかでも、喜八がおかよに「ありがとう」というところが、ものすごくいい!と思いました。「ありがとう」は3回あって、それぞれに異なる「ありがとう」なんです。

1つめ、江戸へ奉公に出るとき、自分の意思を尊重してくれて、待つと言ってくれて「ありがとう」。

2つめ、遊郭で再会したときも「ありがとう」と。おかよが自分の夢を祈ってくれていたことと、そんなおかよが好きだから、女郎になったことを卑下するおかよに対して、まるごと受け入れるという意味の「ありがとう」。

3つめ、最後のありがとうは・・・自分は決して不幸ではない、幸せだったという意味の「ありがとう」。

 

こういうセリフの1つ1つに、人間観や細やかなこころばえを感じます。

劇団悠、来月は大阪十三の木川劇場で公演されるとのことで、こちらはまだうちから近い方なので、喜んどります。

 

以上、長々と書いてしまいました、舞踊全てカバーできずすみません
読んでくださってありがとうございました・・・ 

 

(*記載内容についてわたしのメモの取り間違いがあるかもしれません。
 その際はお詫び申し上げ、随時訂正していきますのでご容赦ください。)

 

 

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