chomoku

"大衆演劇が在る状態"が好きなので

価値と数 敬愛するカフェ お菓子職人さんのはなしから


大好きなカフェがあります

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普段にぽっと行ける距離ではなく、そのまちに用が出来たとき、ここぞとばかり時間を作って寄らせてもらいます。メインストリートから少し離れた、ふるい住宅地のなかにぽつんとある古家のお店。入った瞬間「めっちゃええ店!」と惚れました。

 

 類稀なるセンス。そして、月並みな言い方ですが、独特の時間が流れるお店・・・世知辛い、せわしない空気が一歩たりとも入る余地のない、とことん"自分時間"が制する空間。

 

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それは決して、"こだわり"が支配したり、こうあらねばという神経質な決め事が張り詰めたものではなく、拍子抜けするくらい、ゆる〜いもので。

小さな入り口から覗くと、ちょっとうす暗くて、やや入りにくい感があるのですが、一歩ふみだし暖簾をくぐると、「ようこそ、いらっしゃーい」とやさしい声で迎えてくれます。

 

大好きなポイントがたくさんあるのですが、なんといっても、お店のかたが焼くお菓子。

 

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 美味しく、うつくしい焼き菓子。

 

わたしが写真を撮らせてもらっていいですか、と尋ねると、「いいですよ〜」と、厨房から。「まだまだこれから焼き上がるので、もうちょっと経ってからのほうがいいかも〜」

 

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この夏に訪れたとき、尋ねました。

「こちらのお菓子を手づくり市やイベントなどで販売されないのですか」

「以前は出していたこともあったのですけど、いまはこの店だけですね」

「でも、大人気だったでしょう」

「ありがとうございます、おかげさまで、良く売れました」

「やっぱりそうですよね。ならばなぜ?」

わたしは「売れるなら、もっと売りたくないですか」と思ったんですね。

そのとき、お店のかたから返ってきた言葉が、忘れられないものでした。

 

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一人ずつ顔を見て、手渡ししたい

「うーん・・・わたしもはじめはとにかく売らなきゃって思っていろいろやってたんですね。ネットで注文受けたりも。でも、いまは止めました。理由ですか。うーん、うまく言えないんですけど、、、なんかね、どうもちがうなって思って。

イベントでも、よく売れました。お客さんがわーっといっぺんに来られて、ここにあるの1種類ずつ全部ね、という感じで買ってくださる方もあって、、、もちろん、ありがたかったんですけど、、慌ただしく余裕がなくなって、お菓子ではなくモノをさばいている感じで、ただお菓子を現金化してるだけ、売るために作っているだけな気がしてきたんです。

もっと、ちゃんとお一人ずつお話して、しっかりお顔を見て、手渡しさせてもらいたいなあと思って。悩んで、考えて、、最終的に、ネットもやめて、ここだけに。

もちろん(売り上げ的に)厳しいときもあります。でも、たとえ厳しくても、ここまで来てくださったかたお一人お一人、ちゃんとお顔を見て、お話しして、売りたい。このことは譲れないと思って」

衝撃でした。

たくさん売れる、たくさんのひとに名が知られること、それだけでは測れない。

一般的には、起業して、めざせ繁盛店!2号店3号店!という流れが、よしとされるなかで、そのことが一番ではない価値観で、お店をやっていくことを選ばれる方がある。

たくさん売れる、たくさんのひとに名が知られること、それだけでは決して測れない。

有名かどうかだけで言えば、このお店は決して有名ではないし、知っているひとも限られている。でも、お菓子職人の腕は一級、材料1つ1つ吟味された美味しいお菓子が並ぶこのお店。

 

このことは、芸能・芸術分野も言えることで。

いわゆる「売れていない」ひとの表現が、「売れている」ひとと比べて劣っているかというと、決してそうじゃない。

 

世のなか間違ってる!?

お客がまばらなライブハウスで、奏でられる極上の音。「こんなめっちゃいい演奏をなぜ聴きに来ないのだ!世の中間違ってる!」と、叫んでいたことがありました。いまは…叫びません。もちろんジレンマはありますが、表現の価値は動員数では測れない。その価値自体はゆるぎないものであり、それに出会えた一人として、世の中にはこんなすばらしい世界があるのだ!ということを、まずは叫びたいです(結局叫んでいる?)。

 

 

顔の見える関係

わたしが好きで好きでしょうがない大衆演劇の世界。大衆演劇の役者さんの醍醐味は、お客さんの顔が見えることじゃないかな、、、と思います。

大規模の興行からすれば、動員数自体は、少なく、さみしいものと思われるかもしれませんが、その内容は、メジャーと言われるものと、ひけとらないどころか、それらを軽く上回る一級品、お客が少ないときでも、エネルギーほとばしるパフォーマンスが繰り広げられる舞台を、なんども目の当たりにしてきました。

 

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「なぜもっと観に来ない。世の中間違って…」

いや、そうじゃない。と、あの、カフェの方の言葉ーー

お一人お一人、ちゃんとお顔を見て、お話して、売りたい。このことは譲れないと思って」

 

厳しい面もあるけれど、こういうスタンスだからこそ、あのクオリティが出せるとも思う。顔の見える関係の良さ、そのものの価値を知ったひとが集う。差し出すほうも、受け取るほうも、互いに好いかたちで存在しつづけることを、強く強く願いながら、この記事を書いています。

 

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おおぶりのカップにたっぷりのコーヒーにも、心ばえを思馳せて

 

 

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