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"大衆演劇(旅芝居)の在る状態"が好きなので

書籍・記事

地上に無知と悲惨とがある限り 必要なもの

法律と風習とによって、ある永劫の社会的処罰が存在し、かくして人為的に地獄を文明のさなかにこしらえ、聖なる運命を世間的因果によって紛糾せしむる間は、すなわち、下層階級による男の失墜、飢餓による女の堕落、暗黒による子供の萎縮、それら時代の三つ…

「股旅物」の精神、作者の真実、月見草 長谷川伸「石瓦混淆」より

"私が股旅物を書くのは、表現の一つの方法として書くのである。要は股旅物にあるのではない。その中に流れている精神である。これを履き違える時、其処には単なる一個の武勇伝が出来上がるに過ぎない。…形に捉われるのは一番いけないことである。" "嘘のない…

まずい声の、抱きしめてくれる歌

「最後にあの歌、歌ってくれねえか」 「ああわかったよ。まずい声だが、聞いてくれるかい」 そう言って、おむもろに歌いだすーー お芝居の大詰め、こんな場面に出会うことがあります。 「まずい声だが・・」のあたりで、早くも涙が出てしまいます。 歌うこと…

殺人の罪で服役している人のこと 山本譲司著「獄窓記」より

第3章「塀の中の掃き溜め」より 一般的に言うと、殺人犯というのは、気が短い人間だと思われがちだが、寮内工場で出会った人たちは、そうではなかった。殺人罪で服役している8人全てが、温厚でおっとりした性格の持ち主だった。耐えに耐えて、忍びに忍んで…

「失う」ことが苦しみだけではないことを

新聞記事より 「芸術」という営みは、「失う」ことが苦しみだけではないことを、人間に伝えるために存在しているからです。 一枚の絵、一つの曲、一篇(いっぺん)の詩、一冊の小説、どれも作り手たちが、何かを失うこととひきかえに作り出されたものばかり…

「見巧者」の真似事はじめ

「上方芸能」のバックナンバー198号に載っていた「見巧者(みごうしゃ)」について書かれた記事から、最近観劇しながら考えていることに、とても良い示唆を受けました。 少し長くなってしまいますが、引用します: 「現在に見巧者は生存可能か?」(情報科学…

「軽い気持ちで求められるもの」であってほしい ー 「ボン書店」の話から

新潮社「考える人」のメールマガジン第697号(2016.11.10発行)の「ボン書店」のお話が素晴らしくて、普段、大衆演劇を見ている時に感じ入ることと重なることがあり、少し書きおきたいと思います。 全文は以下のリンク先で読むことができますのでぜひぜひ: …

覚書:「義理と人情 長谷川伸と日本人のこころ」(山折哲雄著・新潮社 2011/10)

"『瞼の母』『一本刀土俵入』『日本捕虜志』などで知られる明治生まれの大衆作家・長谷川伸。終生、アウトローや敗者の視線を持ち続け、日本人のこころの奥底に横たわる倫理観、道徳感覚に光を当てた。その作品を読み直し、現代の日本人に忘れ去られた「弱者…

覚書:「旅回り松園桃子一座」(書籍)と「見世物興行年表」(サイト)

その1:書籍 買いました〜まだ読んでいる途中ですが、面白い!です。 「旅回り松園桃子一座」(飯田一男著) 座員は夫婦、子供の計4人、それに助っ人、一、二人。これで芝居ができるのか。どつこい踏んばる小劇団。劇団誕生から四年有余、一年365日を旅…

気骨のアウトロー賛歌 「三國連太郎 沖浦和光対談「『芸能と差別』の深層」より

大衆演劇が大好きだったという民俗学者の沖浦和光さん。「『悪所』の民俗誌」「旅芸人のいた風景」等の著書、インタビュー・講演などでも、折に触れ、大阪で劇場通いしていたことを語られています。 「『芸能と差別』の深層」は、沖浦さんと、俳優の三國連太…

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